雑記と憶測

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VR機器に触れて思ったこと

VR機器に触れて思ったこと

"没入感"と、それ故の乖離感

事の顛末

入手困難なものほど、妙に入手したくなる。
そんな人間のサガに漏れず、自分も品薄なシロモノは購買意欲に上昇補正が入る。
で、PSVRを買ってしまった。

一応、勇なまVRがやりたいという名目はあった。
が、せっかく買ったVR機器なので、色々とソフトを購入してみた。
ちょうど新モデル発売にちなんだセールだったので、いろいろなジャンルのソフトをDLした。

色々なソフトに触れるうちに、感じた"没入感"と、その反対の感覚についてちょっと書く。

結論から言うと、勇なまVRの感覚が一番自然だった。

はじめてのVR体験

店頭で軽く試したのを除けば、本腰を据えてVR機器を体験するのはこれが初めてだった。

お世辞にも手軽とはいえないセッティングがまず僕を待ち受けていた。コードは増えるし、装置も増える。モニタに使っているHDMIセレクタとの相性が悪いらしく、特定条件での認識がイマイチなど、手間取ることは少なくなかった。

が、それを一瞬で忘れるほどの光景をVRはくれたと思う。

はじめに起動したのは「PlayStation VR WORLDS」。PSVRお試しセット的なソフトだ。価格は全くお試しじゃないが、セールだったので買った。

視界に映し出される見渡す限りの色鮮やかな海の景色に息を呑んだ。「これがVRか!」と大いに感動したものだった。

その後、サメが迫ってくるシーンなどを見た後、本命の勇なまVRや、バイオハザード7等を少しずつプレイした。プレイヤーが移動すると当然のように酔い始めたが、回数を重ねるうちに少々慣れてきた。

ある程度プレイしてから感じたこと

殆どのVRでは、操作キャラクターの視点をVRに映している、いわば1人称だ。その没入感は、やはりVRならではだと思う。

バイオハザード7は特にスリリングだった。不気味な館を不十分な装備で探索し、狂気の住人との緊張感あふれるサバイバルホラーが展開される。(まあ、お約束どおりこの後生物兵器たちが出てくるのだが。)

モニタ越しに見れば大したことのない「いつものゲーム」光景も、VR世界の内側から味わうのでは訳が違う。プレイヤーを襲う敵は、「そこ」に「いる」のである。視覚という感覚を超えて、本当に現実として「そこ」に「存在」するかのような感覚をもたらすのだ。

大きな獲物を持った敵が、プレイヤーを探して徘徊する。その息遣いまで伝わってくるかといった感覚だ。これこそが「没入感」なのだなあ、と感じた次第であった。

が、そこに違和感を感じる瞬間がある。「プレイヤーが攻撃を受けた時」だ。

手痛い(と言うか痛々しい)攻撃を受けて、うめき声を上げ、視界を揺るがす主人公。チェーンソーで手首を切断されるシーンもあった(この後くっつく)。が、プレイしている自分はどうか?五体満足でコントローラーを握り、VR装置を付けてカメラに向かって座っているのだ。操作ミスで主人公が死んでなお、自分は元気に椅子に座っているのである。

断っておくと、文句があるわけではない。が、最高潮に達した没入感は、たしかにどこかへ飛んでいったのだ。非常に現実的に作られた空間が消え、ゲームオーバー画面が映し出される。そこに没入感を見出す人は、おそらくいないだろう。

自己をゲーム空間に投影して没入できるからこそ、ゲーム内空間を現実の感覚に似せて作り上げられているからこそ、ゲーム内での「非現実」が大きく跳ね返ってくるのではないか。そう感じた。

で、勇なまVRをほめる

対して勇なまVRはというと、「ゲーム的な激しい演出が自分を取り巻く感覚はほぼない代わりに、始終違和感なくVR空間にい続けることができた」といった感じだ。

シリーズを通して非常にメタいゲームで、今作でもプレイヤーは「現実世界の存在」として扱われる。ゲーム内のあるキャラクターを操作するということはない。いわば、自分自身がVR空間に入ったようなものだ。

視界に映し出されるのは、共に世界征服を企む魔王の部屋の中に、ボードゲーム状のステージと、魔王とそのムスメと、コントローラー状の征服ツールだ。旧来のシリーズでは、プレイヤーこと破壊神は、ツルハシのみが画面に表示される体であったが、今作ではPS4のコントローラーに似たコントローラーが、画面上に表示される。その状態は自分がコントローラーを握る状態と連動しており、自分がコントローラーを傾ければ画面内のコントローラーも傾く、と言った具合だ。

詳しいことはプレイ動画でも見ていただければ分かるので省略するが、このゲームでは「プレイヤーに一切の危害が加わらない」という特徴がある。手下の魔物が全滅しようと、プレイヤー自身には何の影響もない。征服拠点が陥落して、敵である勇者が侵入してきてゲームオーバーとなっても、画面いっぱいにゲームオーバーと表示されることもなく、そばにいる魔王が簀巻にされて誘拐されるだけだ。プレイヤーは、じっとそれを眺めているだけ。現実世界の自分は椅子に座ってコントローラーを握っているわけだが、その状態からかけ離れた現象が全くと言ってもいいほど起こらないのだ。

それによって、VRならではの"没入感"による乖離感」が無いのだ。

あと、 操作キャラクターが自分の思いもよらないセリフを口にするということもない。ここも、没入感を邪魔しない良いポイントだと思った。プレイヤーは破壊神として魔王に召喚されたという設定も、自分という存在がそのままゲームに反映されたかのような、良い塩梅だった。そして、スコア表示などは、その都度部屋の中にボードが降りてきて、そこに映し出される。VR空間上に奇妙な平面が現れるのは、トロフィーを取った時だけだ。

まとめ

バイオハザード7では、移動する視点の中でスリリングなサバイバルを体験できた反面、ゲーム内で起きる「非現実」に、没入感を奪われるような感覚があった。勇なまVRは、没入感に一切違和感が生じない代わりに、視点を移動して派手なアクションが繰り広げられるといったことはない。結局は一長一短なのだが、それぞれの作品には、VRならではの利点をうまく表現できている点があったのは確かだ。1コンシューマーとして、より面白いVRタイトルが世に生まれることを願ってやまない。だって高かったし。